西の控え部屋へ行くと怪物は今土俵から上がったところです。奥さんがわたしを紹介しても怪物はお辞儀をしません。遥か上の方で難しい顔をしてるらしいのが仰向くとやっと覗われます。奥さんが怪物の大きなお腹の向かって言いました。「文治、お前失礼ではないかい。何とか御挨拶を申し上げな」とそこでやっと上の方で水底の破鐘のような声がしました。「新聞に絵を描いて呉れねえ方がええよ気になって力が出ねえ」成程彼は此の場所負けがこんで居ました。私は笑いました。奥さんはばつを悪くしてそれから諄々とお腹に向かい人気商売の力士は誰人にも愛想よくすべきものの由を言い聞かせました。奥さんは女として低い方ではありませなんだ。それで居て顔の向き合うところは丁度怪物のお腹です。お腹に向かって言い聞かした言葉がいつ怪物の頭に伝わるやら覚束ないとわたしは思いました。 |
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